幻と消えた蘭越町の星野リゾート
2021年初夏、白老町「界 ポロト」のオープン予定がニュースとなった。白老の開発プロジェクトが始まる数年前、星野リゾートは、蘭越町に「界 (大湯沼)」のプロジェクトを提案していた。しかし残念なことに、当時の宮谷内町長、金副町長(現町長)、山内総務課長(現副町長)らは、その提案を断った。問題なのは、町長らが星野リゾートの提案を町民に公表せず断ったにもかかわらず、まるで町民の意思であるかのような断り文句が使われていることだ。
蘭越町が何を理由として星野リゾートの提案を断ったのか。それが適正な民主的決定プロセスを経たと言えるかどうかを確認するために、町に残る当時の記録を調べてみた。
白老町は星野リゾートと協力連携して町の発展を目指す協定を結んだ
2021年、星野リゾートは、山口県に「界 長門」、大分県に「界 別府」、鹿児島県に「界 霧島」、白老町に「界 ポロト」をオープンする。界は、和にこだわった上質な小規模温泉旅館である。2020年までに全国に18の「界」があり、ポロトは北海道発となる。
白老町は、2017年に旧ポロト温泉の後継施設の運営事業者を公募。3社が応募し、星野リゾートが優先交渉権者に選定された。2018年に町有地の売買契約と「ポロト地区宿泊施設等整備に関するパートナーシップ協定書」が結ばれた。白老町の議事録によれば、協定書は「集客や回遊性の相乗効果を、町と星野グループと一体となって町の発展に取り組むことを協定したもの」とのこと。
温泉棟は2階建てで、1階が日帰り客用、2階が宿泊者用の入浴施設。日帰り入浴は男女各二つの浴槽を備え、利用料金は一般で1000円程度、町民は400円程度の予定となっている。
蘭越町が星野リゾートの提案を断る経緯
2012年、蘭越町は、旧町営国民宿舎雪秩父と旧チセヌプリスキー場の老朽化により施設運営の見直しを検討していた。なお、スキー場は宿泊施設の付帯施設として整備されたものであり、蘭越町での会計はふたつひとまとめになっていた。星野リゾートの社長は11月10日に現地を訪れ、蘭越町への事業展開を要望し、それから半年間ほどのあいだ、星野リゾートと蘭越町の打合せが行われた。
2012年12月10日
- 出席者
- 蘭越町:山本副町長(当時)、金総務課長(当時)、竹内総務課参事(当時)
- 星野リゾート:企画開発プロジェクトマネージャーほか1名
蘭越町
雪秩父は、老朽化のほか、硫黄が施設に与える影響により維持費がかさんでいる。入浴だけの施設とし、スキー場の休止をやむを得ないこととして検討している。星野リゾートには、スキー場と一体での運営を依頼した。
星野リゾート
- 星野リゾートが展開する事業のうち『界』を展開する予定であること。
- 星野リゾートの負担で建物を建て替えること、
- 土地は購入または賃貸借の2形態を想定している
- 建設するホテルは木造で客室は50程度。
- 2013年2月上旬までに大まかな案を提案
2013年2月6日
- 出席者
- 蘭越町:山本副町長(当時)、金総務課長(当時)竹内総務課参事(当時)
- 星野リゾート:企画開発プロジェクトマネージャーほか1名
星野リゾートのラフプランが提示された。
星野リゾート
- 1室あたり4000万円、50室で20億円(外構工事代別途)の予算を提示した。
- 工期の目安は、計画に1年半、建設に1年半、合計3年であるが、豪雪地域では少し延びる。
- スキー場は、オペレーションだけなら星野リゾートでの運営が可能
- 地域雇用をすすめ、メディアに売り込むなどして、地元観光や地域活性化に波及することで地元貢献できる
蘭越町
- 山本副町長は、星野リゾートに担保を示すことを強調した。
- 金総務課長は、雪秩父を町独自でやっていく計画があることを示した。
2013年4月8日
- 出席者
- 蘭越町:宮谷内町長(当時)、金副町長(当時)、山内総務課長(当時)、谷口総務課参事(当時)、田縁主幹
- 星野リゾート:社長、秘書、マネージャー
副町長
町営で行うことを進めていたことを理由に、星野リゾートの事業提案を公表していないことを伝えた。そして、星野リゾートの社長に来てもらった理由が、町が民間の活力をどう使うかを町民に説明するためであると伝えた。また、バブル期にリゾート開発の破綻にふれながら、すでに町が日帰り施設のための予算2000万円を計上していることを伝えた。
星野リゾート社長
地道な積み重ねを100年やってきた会社であり、集客して収益を上げて、それを継続していくことが星野リゾートの使命との認識を示した。また、星野リゾートは、投機をしたことはなく、事業スタイルは、長い時間をかけて運営することが目的として、蘭越町が提案を受け入れてくれることを熱望した。
2013年6月10日
- 出席者
- 蘭越町:宮谷内町長(当時)、金副町長(当時)、山内総務課長(当時)、谷口総務課参事(当時)、田縁主幹
- 星野リゾート:社長、秘書、営業部長、マネージャー
前回の打ち合わせで蘭越町が計画の具体性を求めたことから、星野リゾートはスケジュール表を提出し、具体的な工程を説明した。
金副町長は、検討委員会で雪秩父の再開発の話しが進んでいること、星野リゾートに依頼することになると、町が進めている日帰り施設の計画を中断しなければならなくなることに懸念を示した。
宮谷内町長は、他の自治体なら「星野リゾートなら大歓迎」となるかもしれないが、蘭越町は他の自治体とは違うことを伝えた。そして、最終的な判断は、議会にあり、課題として総務常任委員会で検討することになっていることを伝えた。
なお、町長・副町長らは、議会や町民の判断を強調するばかりで、星野リゾートの計画そのものに評価をしていない。その一方、ことさら星野リゾートが事業を中断することへの懸念を示し、そのための保証金や裁判の話しなど、穏当さに欠ける話しを持ち出した。さらに、中断となれば「(町長は議長に)首をすげ替えなければならないほどの町政になる」と、町長自身の責任が問われるリスクを露骨な言葉でアピールした。まるで、星野リゾートの提案を断るための伏線を張っているように見える。
2013年6月27日起案、6月28日付けで送付
蘭越町が前々回打ち合わせで具体案を求め、星野リゾートが蘭越町の求めに応じてスケジュールを提示したにもかかわらず、山内総務課長は、星野リゾートに対し、一方的に提案を断る文書を送ることを起案した。(起案書)
謹啓、初夏の候 貴職におかれましては、益々ご繁栄のこととお慶び申し上げます。
この度は、当町の大湯沼の泉質と周返環境の可能性を、高く、評価いただき、当地での温泉宿泊施設の開業を希望されまして、社長自らが二度にわたってご来町のうえ事業の概要やスケジュール等をお話しいただきその強い御意向を感じたところですが、私どもといたしましでも、蘭越町の貴重な財産であるという認識から、団体意志の決定機能を・有する町議会の皆様からもご意見・ご助言を伺ったところ、学術的にも珍重される「黄色球状硫黄」が見られる大湯沼は、多くの町民が貴重で希少な町の財産であると感じられているということを踏まえ、これまでも、厳しい経営状況の中で国氏宿舎雪秩父やチセヌプリスキー場を町が運営してきたことに意義と誇りをもって、今後とも身の丈にあった施設で町が守っていくことが、良策ではないかという意見が多くあり、私自身も改めて町の貴重な観光資源であるという意を強くしたところでございます。
同時に、全国で三十箇所もの事業を展開しておられ、経験と実績のある星野ブランドのおめがねにかなったということからしても、大湯沼周辺のポテンシャルの高さを再認識させていただいたところです。
これらのことを念頭に、内、部でも検討に検討を重ねた結果、今回の星野様から打診のあったご妥哲一にはお応えできないことを略儀ながら書面をもちましてご返事中し上げる次第です。
末筆ではありますが、貴社の益々のご発展を衷心よりお祈りいたします。
平成二十五年六月二十八日
蘭越町長 宮谷内 留雄
代表取締役社長 星野佳路 様
そして蘭越町が選択した施設
蘭越町は、日帰り入浴施設の設計をプロポーザル方式で公募した。応募はたった1社であったが、蘭越町はその1社と契約した。つづく工事入札も、その会社が落札した。なお、その会社は、同時期に蘭越町から消防署の建て替え工事も受注している。
星野リゾートの提案を断る際、町長が知っている元事務次官、有利な過疎債金をで調整
2016年、日帰り温泉施設「交流促進センター 雪秩父」がオープンした。しかしながら、露天風呂の一部は閉鎖されたまま、撤去されずに廃墟然とした無残な姿をさらしている。蘭越町山内副町長によれば、湯量と施設管理面の問題で閉鎖し、再開することはないという。撤去しないのは予算がなくなったからとのこと。
なお、蘭越町によれば、雪秩父は町民利用に重きをおいた施設である。しかしながら、直近の町民利用率は5%程度に過ぎない。
日本を代表するリゾート運営会社が20億円を投資・運営する提案を反故にして、過疎債で一定の国費負担があるとはいえ、町の予算であの施設を建設し、町が町民のために運営にすることを、町民が本当に望んだのか、はなはだ疑問だ。蘭越町職員を通じて星野リゾートのことを知り得た町民は、「(蘭越町は)バカじゃないって思うでしょ」と言っていた。
チセヌプリスキー場
蘭越町の迷走は、ほかにもある。
星野リゾートの提案を断った年にチセヌプリスキー場の閉鎖を発表した。そしてスキーリフトは2013-14シーズンを最後に可動を停止した。
3回実施された公募のうち、最初の公募では人材派遣の上場企業が応募した。その後、半年に渡って打ち合わせが繰り返されるなか、蘭越町は一方的な条件変更を持ち出し、その会社が白紙撤回をせざる得ない状況をつくった。
なぜか年末年始に実施された2回目で応募がないことから、蘭越町は、売買価格を5分の1に値下げした。そして、3回目の公募で、ガイドツアー(Hokkaido Backcountry Club)を運営する会社に施設を売却することを決めた。
そして契約後、HBCは、提案した事業計画にない全山貸切り型のCATスキーを開始し、客以外が敷地内へに立ち入ることを禁止した。
誰もが首を傾げるのは、HBCが提案した事業計画と、実際に行われている事業が異なることだ。
詳細は「不幸なチセヌプリスキー場」を参照ください。