二桁の間違い
昭和の刑事ドラマ『太陽にほえろ!』のワンシーン。松田優作演じるジーパンは、同僚の女性に指輪を買おうとする場面で、指輪の値札200万円を2万円に見間違える。「二桁まちがえるなんて・・・」と店員たちはあきれる。
子供の頃にこのシーンを見たぼくは、「二桁を見間違えることがあるか?」と、あざといシナリオを訝しく(いぶかしく)思ったものだ。
一桁の間違い
それから40年以上が経ち、ぼくは立派なおとなになった。創造的な仕事やチャレンジングな仕事は好きであるが、単純なことを間違いなく繰り返すような仕事は苦手だ。人には得手と不得手があるのだ。
ぼくの得手不得手に関係なく、不動産の契約書類作成が現在の仕事のひとつだ。ある日、社長から頼まれた契約書の売買額1000万円を1億円と誤ってしまった。社長に指摘されて修正した後、さらに別の変更を求められので、再修正版を社長にeメールで送った。なお、西欧社会では電子署名での契約が浸透している。ぼくが送ったPDFの契約書は、日本でいう正本だ。
その後、社長から見たことのない厳しい論調のeメールが送られてきた。どうやら金額を1億円に誤った方を社長に送ってしまったようだ。しかも、社長は金額の誤りを契約の相手に指摘されたようだ。怒るのは無理もない。そこで僕は、今まで書いたことのないフォーマルな謝罪文を作成し、社長に送った。
Dear *****,
I would like to express my deep regrets for my mistake. It was lacked the professionalism that you and my colleagues expect from an employee at ***.
I will ensure that similar incidents will not occur later in the future.
Sincerely,
Kazu
翌朝、事前に練習してきた言葉で社長に謝罪した。社長はジェントルマンであるが、普段見せない険しい表情を僕に向けるだけで口を開こうとはしなかった。このことを、同僚のイギリス人は「今度やったらクビだね」と笑った。
二桁の間違い
それからひと月の間もない別の仕事で、僕は500万円の手付金を振り込む作業を経理に依頼した。経理の担当者から「ほんとうに5億円でいいの?」と聞かれ、僕は二桁の間違いをしでかしたことに気付いた。
どうやら、その間違いが社長に報告されることがなかったのか、ぼくはクビになってはいない。